ゆぎお専用萌え吐き捨て場
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実の兄である瀬人に対して 憧れと恋愛感情の間で揺れ動く弟モクバ
いつも傍にいるからこそ辛いパターンですよねモクセトは
そして、モクバは兄を見るたび心拍数があがって
そんな自分を否定しながら 理性をおさえるのにきっと必死なんだろう
兄瀬人はそんな弟の様子にはまったく気づきません
瀬人は恋愛沙汰とかになると、というか色々鈍感そうだけど(基本KY)
この場合は、まさか弟がそんな感情を自分に抱いているなんて
夢にも思っていないから常に無防備
この、自分の気づかないうちに危険と紙一重な状況に立たされてる瀬人に萌える
モクバにしたらそんな兄は隙だらけであって、いつでもいただいちゃえる訳です
でも、モクバとしてはやはりそういったものは
お互い同意の上でしたいという願望があると思うんですよね
だからなかなか行動には移せないという
もちろん強硬手段に出る展開は大好物ですがね!!←
どうしたら想いがとどくのか
でも、どんなけ悩んで考えても答えはみつからなくて
そのうちプッツンしちゃうんですよ フフ
襲われた瀬人くんはきっとなにがなんだか状況が把握できなくて
何故?どうして?と、考えてるうちに快感に飲まれて思考も真っ白になって
モクバの想いに飲み込まれていくと萌え
私的にリバ効かない感じなんですよね…この二人
モクバはまだ幼いからさ 思春期のちょっとした気の迷いで納得できるんだけど…
逆だと兄が弟に欲情など何考えてるんだ!この馬鹿兄貴が!! という思いに駆られるw
でも、快楽に溺れてその時だけモクバを欲しがってしまう瀬人はイイ 萌える
モクセト 実にけしからん このけしからん感じがたまらん
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この二人はいつも何して過ごしているんだろ?? ふと思った
まさかデュエルしてるとは思えないし…
かといって、そこらの高校生(が、何をして遊んでいるかはわからんが)のように
遊ぶとは思えない(二人とも変人だから)
やっぱり話題はカードの事でもちきりなんだろうか?
デートといっても、まった~り過ごすとかじゃなくて
食事でもして、やることやって はい、さいなら
のような淡白なお付き合いをしていそうなイメージなんだが…
海馬はなにかと忙しそうだからね
遊戯は、デート本番よりも、海馬の仕事が終わるのを待つ時間の方が長そう
海馬は、自分から遊戯を呼びつけたもののまったく構ってやれなくてさよなら~
…とか、オフのはずだったんだけど急な仕事がぁあああ!!…とかよくあるかのも
それで、深夜に仕事終わってさ
遊戯にちょっとだけども会いたいなぁ…
とか思って連絡しようと思うんだけど
時間が時間だけに諦めざるを得ないという…
こんなすれ違いも多々あって
だからこそ、海馬にとっては遊戯と過ごせる
わずか数時間、数分、一分一秒だけであろうとも
その時を大切にしたいと思ってるんだろうな
やっとこさ文庫16、17巻読みまして
また海馬の印象が変わった様な気がする…
いや、変わったというか、また新たな一面が増えたというか
海馬だけに関わらずだけども
印象深かったものの一つとして、海馬の義父への感情 かな
「そこに理想とする家族像などなかった」
というセリフで
あー…海馬は義父である剛三郎に親子として愛されたかったんだな って思った
最初はきっと一生懸命親子としての関係を求めて
剛三郎に甘えようとしてたと思う
でも、日に日に虐待がエスカレートしていって
自分の望みは叶いそうにないと悟って
でも、やっぱり愛されたい、甘えたい気持ちは捨て切れなくて
それを抑制する為に生まれたのが 憎しみと怒りで…
この感情を剛三郎に抱く事で精神のバランスが取れたのかな って
剛三郎は自分の狂気に絶望してる良心がある人だったりして…
軍需産業企業で命を奪う兵器など生産しているうちに
人としての心が失われてゆく自分が恐ろしくなって
でも、気づいた頃にはもう後戻りはできないぐらいの狂気が自分の中に巣くっていて
そんな時、子供ながらにちょこざいな真似を仕掛けてくる瀬人に出会い
自分の望む子に育ってくれると感じ
教育と称した虐待で、憎しみと怒りを植えつけさせながら
あらゆる能力を叩き込み 冷徹 残忍 有能な人間兵器を作り出す
そうして自分の敗北=死を誘った訳で
剛三郎の飛び降り自殺は自ら望んだ結果なのではと
誰かに自分を越えて貰わないと、自分ではどうしようもなかったのかなと…
その点は海馬も同じ道を辿っていたのかもしれないと思うのです
軍事産業を嫌っていたのにも関わらず
DEATH-Tでは命を奪いかねんアトラクションを作ったりしていた(城之内もいってた)
それはまさに狂気に侵されて我を失っていたからだと思うのです
義父、剛三郎のように…
そして、そんな海馬を越えて我を取り戻さんとしたのが遊戯であって… みたいな
海馬が年を重ねるごとに丸くなって
自分と剛三郎の共通点とか気づいたりして
思い返せば教育で得たものが今まで自分を救ってきたなとか思ったりして
少しずつ剛三郎と向き合っていって
そんな風に、憎しみ 怒りの怨念から開放されていけばいいな
長っ!!!!!
文章力無くて色々グダグダですが… こんな妄想をしたりしていました
かなり剛三郎を勘違いしているかもしれないが…
とりあえず
海馬が剛三郎に親子としての愛情を求めていたように
剛三郎も父親として瀬人を愛してやりたい気持ちがあったのかもしれない
が、甘えなど覚えさせては強い人間にはなれないと思い心を鬼にしていたのかな
最後の散り様は敗北=死の教えを
強く瀬人に植え付ける為の仕上げみたいなもんじゃないかな
なんつって思うわけです
